【ドラマ】人間の醜い部分を顔面に押しつけてくる

どんなに「最高に面白いドラマ」でも、そのドラマに出会う「きっかけ」がなければ面白さは一生わからない。
ぼくは、amazonプライムビデオなんかで、「面白そうなドラマ」を探す。
タイトルとか内容とか、レビューとかをチェックして、気に入ったものを視聴している。
それでも本当に面白いと感じるのは「5本中に1本」くらいの割合だ。
その5本中の1本でも、シーズン1を見終えて、2、3、4と続けて楽しめるドラマは20本中に1本あるかないか。
今回は、シーズン1からシーズン7まで飽きずに見ることができた「20本中の1本クラス」のドラマを紹介する。
ウォーキング・デッド シーズン1 字幕版(amazonプライムビデオへ)
【この記事の目標】
□ ドラマ「ウォーキング・デッド」の魅力を知る。
【記事裏面】
対象:最高に面白いドラマに出会いたい人。
効果:中毒性の高いドラマ体験。
文字数:1968字
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メインは人間ドラマ
ドラマ「ウォーキング・デッド」の世界はは”ウォーカー”(ゾンビのようなもの)が町を歩き回る「死の世界」
その中で人間×ウォーカーの争いや、人間同士の醜い生存競争を描いていく。
ドラマの中で、どうして人間が次々とウォーカー(ゾンビ)になってしまったのか、という原因を究明しようとはしない。
あくまで、死の世界で生き延びる人間たちの「生きざま」を魅せる作品なのだ。
だから、ウォーカーたちに対抗するために抗ウイルス薬を発明するとか、全滅させるために新兵器を開発するとかいう展開にはならない。
また、ウォーカーたちの存在も、従来のソンビ像から進化しているわけでもない。
頭を銃で撃てば起き上がることはないし、動きが俊敏になったり、攻撃力が増したりする「亜種型」が登場することもない。
「超能力」を使ってゾンビたちをばんばんやっつける爽快なソンビ映画とはまったく違う。
社会や秩序が崩壊した世界で生きる、人間たちの、汗や血にまみれた最も醜い部分をこれでもか! と視聴者の顔面に押しつけてくるドラマ、それが「ウォーキング・デッド」だ!
死が日常の世界
ドラマに限らず、見ている私たちの心を強く打つのは「死」だ。
物語の中で人が死ぬシーンは、見ている私たちに衝撃を与え、また感動を与えもする。
だがあまり「死の演出」を多用しすぎたり、死ぬ理由が理不尽だと逆に感動どころか一気に気持ちが冷めてしまう。
ドラマ「ウォーキング・デッド」は人が死ぬシーンがとても多いが、どれも視聴者の心を激しく揺さぶる、ドラマの演出として「効果的な死」であり、興ざめしない「納得できる死」なのだ。
つまり、いつ死んでもおかしくない。死が日常である。というドラマの世界の感覚を早くから視聴者の体に植えつけることに成功しているのだ。
だから、いきなり背後からウォーカーが噛みついてきて、死ぬ。なんてことがあっても、私たちは特に違和感を覚えることなくその死の演出を正面から受け止めることができるのだ。
どんなに優れたストーリーでも、
「ここで死ぬのはおかしいだろ」
というたったひとつの違和感で「面白くないドラマ」になりかねない。
どんなに感動的なシーンでも自分が「納得」していないとばかばかしい最低のシーンになる。
私たちにうまく納得させた上で楽しませてくれる。「ウォーキング・デッド」が優れたドラマといえる理由のひとつだ。
ウォーキング・デッドあるある
○髪の毛ぼーぼー
生きるか死ぬかの問題に向きあっていたら、散髪屋にいく暇もないよね! (そもそも散髪屋がないよね!) シーズンが進むごとに、登場人物もみんなサバイバルに慣れて、野生化しちゃって髪の毛伸ばし放題! カールやダリル。特に男はひげもどんどん伸びちゃって、リックはサンタクロース状態になったこともあるね。
○もうすぐ死ぬ奴は露出が多くなる
いままであまりドラマにでてこなかったキャラのシーンが急に増えたら、ビビビ! それは、もうすぐ死ぬサインだ! せっかくこれまで表にでないで、隠れていたのに、ちょっと気が強くなったからって調子に乘っちゃあダメだよね。そういうやつは、高い確率で死ぬ運命なんだから。
ウォーキング・デッドを見る
ぼくは、amazonプライムビデオで「ウォーキング・デッド」を視聴した。
ウォーキング・デッド シーズン1 字幕版(amazonプライムビデオへ)
【この記事の目標】
☑ ドラマ「ウォーキング・デッド」の魅力を知る。
<終わり>
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