雨が降ったときに、パラソルの中でするような話をひとつや2つ。それは喜劇か、悲劇か、またはビジネスか。

自分は女(あるいは男)であるという固定観念を壊してみる

2018/08/03
 
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私もあなたもみんなも、思いこみの中で毎日を過ごしている。

自分の触れたもの、見たもの、聞いたものを強い感覚として受け止め、その感覚からさまざまな判断を下す。

人はみんな固着した考え、固定観念を持っている。その考えは間違っているといわれても、考えを改めるのは簡単なことではない。

あなたは女ではない(あるいは男ではない)、あなたは人間ではない、あなたはあなたではない、なんていわれても、はいそうですね、と信じれるわけがない。

でもそんな強力な思いこみを剥がすことを想像すると、まあ、世の中がとても違って見えるだろう。

これは、絶対的な感覚を壊す行為であり、自分の信じていたものを足で蹴とばす乱暴な試みだ。

であると同時に、人の想像力は宇宙をも包みこむ、壮大で美しいものであることを確認する行いでもある。

自分は女(あるいは男)であるという固定観念

自分は女だ(あるいは男だ)、生まれてきてから女であり、生きている間も女であり、死ぬときも女である。

女は女らしく、男は男らしく。性別によって身体的特徴は変わり、役割も精神も変わる。

いまの自分の性を反対にしてみよう。女なら男に、男なら女になったと想像してみるんだ。

なにか変化はあるだろうか? 話し方や考え方は変わるだろうか、着ている服の趣味や普段見ているテレビのジャンルは変わるだろうか、好きな人のタイプは? 自分の友だちや親や子どもに対する接し方はどうだろう。

性別という思いこみだけで、こんなにも変化が生まれる。

性別が思いこみ? そんなわけない。だってこうして自分の体の特徴は生物学的に「女」であることをこれ以上ないくらいに証明しているではないか。男が持っていないものを持っているし、男が付いているものが自分には付いていない。明らかな事実だ。

しかし、体の性と心の性が一致していない人たちもいる。身体的特徴が性別を決めているわけではない。

身体的特徴を知って自分の性を理解しているのはどこだ? 性別は本当に生まれてきたときからあるのか? だれかに教えられてそう思っているだけではないのか?

なにかを決定する、最後の着地点は自分の心だ。つまり感覚を「思い」そして「こむ」ことで、はじめて性別が生まれる。

もし、自分の思いこみを自由にコントロールできるようになれば、人はいつでも女になり男になることができる。

身体的特徴なんて「看板」みたいなもの。看板は替えることができる。「お好み焼き」から「うなぎ」に替えたり「理髪店」に替えることもできる。(これはあくまで例えだ)

目に見える特徴は強力な思いこみの原因になる。であれば、思いこみをコントロールするには、目に見える特徴を変えてみるのが効果的ということだ。

自分の性別は自分で決めることができる。これは大変ショッキングなことだ。

もちろん、これもひとつの「思いこみ」であるということを忘れてはいけない。

自分は20歳だという固定観念

私は1998年生まれだから、2018年の今年で20歳になった。自分だけ20歳になるんじゃなくて、1998年生まれの人は今年で全員が20歳になる。誕生してから、20年の歳月が過ぎ、20回の誕生日を迎えたから私は20歳だ。もし、だれかが「いやいや、君は35歳だ」とか「いいえ、あなたは4歳よ」とかいっても、まともに相手にできるわけないし、頭がおかしいとしかいえない。

自分が20歳だというのは固定観念? 面白い、それなら自分が5歳だと思いこめば、5歳になるというのか。90歳の老人だと思いこめば、90歳の老人になれるというのか。あまりに無茶苦茶だ。

そう、年齢というのは強力な思いこみのひとつだ。ほとんどの人が自分の年齢と誕生日を答えることができる。20歳の人が自分のことを20歳と思わないようにするなんてどれだけ難しいことだろう。

もしあなたが社会的にも自分的にも5歳以上だと思うなら、逆に自分を5歳だと想像してみよう。

すぐに想像を妨げる巨大な壁が現れる。

う~ん、だって自分は5年前に生まれたわけではないし、5年以上生きている、体だって精神だって5年以上生きたという揺るがない証明だ。自分が5年しか生きていない5歳児の子どもだと思うなんて無理がある。

この巨大な壁を作っているのは、「時間」という絶対的な概念である。

5歳の人間だから、生まれてから5年の時間が経っているのは当然のことだ。しかし、固定観念の強力な壁を壊すには、この「当然」という難敵に立ち向かわなくてはいけない。頼りになるのは、思いこみの檻を突き抜ける「想像力」のロケットである。

時間という固定観念

5歳の人間だから5年の時間が経っているわけではない。つまり、生まれてから10年の時が経った人が10歳になることも、20年生きた人が20歳になっていることも、考えようによってはあり得ないのだ。

絶対的な「時間」は絶対的だと思っている「もの」に過ぎない。

時間は人が作った。1年が10回あれば10年だということも、1年が365日だということも、1日が24時間だということも、1時間が60分、1分が60秒、1秒が1000ミリ秒なのも。

時間が作られない前は年齢もなかった。つまり年齢も人間が作ったもの。本や音楽や野菜を人間が作ったように、年齢もまた人間が作ったものなのだ。

だれかが檻を作って、あとの人がその檻の中で生活する。その状態が長い間続いていれば、檻の中の人は檻の中が「すべて」だと思うし、檻の「外」なんて存在しないと思うようになる。

時間や年齢もだれかが作った「檻」なのだ。冷静に遠くを見渡せば、檻の外の世界を見つけることができる。檻の存在を認め、外の世界があるんだと知ることは、自分の固定観念を剥がす第一歩になることだろう。

さあ、自分が20歳だと思っている人と自分が90歳だと思っている人にはどのような違いがあるだろうか。

まずはっきりした違いは外見だ。20歳の人を90歳の人と見間違える人はいるか。相手をからかっているか、眼鏡を忘れていない限り、見間違いは起こらないはず。

20歳の人は多少個人差はあっても、おおむね20歳の特徴を持った外見をしている。20歳の特徴とは、30歳、40歳、60歳、90歳などの人と比べて、肌につやがあり、頭にふさふさの髪があり、顔のしわが少ない、などといった特徴だ。

20歳と5歳の違いは、背の高さだったり、性発達の度合いだったり(女なら胸の膨らみ、男なら股間の膨らみなど)する。

多くの場合、年齢と身体的特徴には強いつながりがある。

身体的特徴を見て、年齢を予想することも、年齢を聞いて、身体的特徴を想像することもできる。

時間という思いこみだけで、自分の年齢を決めているわけではなく、身体的特徴から来る情報でも自分の年齢を判断しているのだ。

時間の思いこみ + 外見の思いこみ = 自分の年齢の固定観念

つまり、自分の年齢の固定観念を壊して、自由にコントロールするには、時間の思いこみと外見の思いこみを無くす必要がある。

果たしてそんなことできるのだろうか。ただ、できるかわからないが、想像することはできる。これは楽しい事実だ。

もし、自分の年齢のことでマイナスな感情を抱いているなら、これはプラスな思考になる。

もう年だ、若くない、体もほら昔のように活気がない、もうすぐ天に召されるかもしれない、ああ、若くてぴちぴちしていたあの時代に戻りたい。

いいや待て、下を向くことはない。時間も外見も自分が作っているんだ。確かにこの固定観念を壊すのは容易ではないだろう、だがそれをする価値はある。自分の思いこみを操ることができれば、一気に可能性が広がる。想像するだけでもワクワクするだろう? 自分はいまこの瞬間から20歳の生き生きした自分になることができるかもしれないんだ。大昔のだれかが作った檻の外へでるんだ!

固定観念を壊し、新たな固定観念と生きる

そう、そして新たな檻を作ろう。今度は自家製で好みの色と形をしたかっこいい檻だ。

時間や外見の思いこみは「便利」なものだ。思いこんだほうが「便利」で楽で、ずっといいから思いこんでいる。

時間の思いこみをいきなりゼロにしても困るだけだ。自分にとって役に立つように思いこまなければならない。時間がもっと欲しい人なら1日を30時間か、40時間にすればいいし、会社から早く帰りたい人は1日を2時間だと思えばいい。(このときの、自分とその他大勢との思いこみの違いによって生じる問題は考えないことにする)

年齢を自分の好きなように設定したいなら、まず外見の思いこみを変えてみよう。外見は時間と並んで年齢の思いこみを構成する要素だ。

外見の思いこみを変えるには、外見を変えるのが1番早い。服装を変える、メイクをする、あるいは美容整形をする。

外見を変えるのは、あくまで外見による思いこみから来る年齢の思いこみを変えるためだ。

外見を変えるのは手段のひとつであって目的ではない。年齢の思いこみを変えることができれば、外見を変える手間は少なければ少ないほどいい。口紅を塗るだけで、自分の外見の思いこみを変えることができれば、それ以上はしなくていい。

外見の思いこみを変える方法として、鏡を使った面白いものがある。自分の理想の外見をした人の写真を、自分がよく使う鏡に張りつけるのだ。

毎朝、でかける前に、その鏡を見る。鏡の前に立っているのは自分だが、鏡に映っているのは若々しくきれいで美しい人。まるで、自分がその人になったような気分、ああ、気分がいい。

ほかにもスマートフォンの待ち受け画面に理想の外見の写真を張るなど手段はいろいろあるが、思いこみの手助けになれば勝ちだ。脳が見ているものを頼りに固定観念を作っているのなら、逆にその法則を利用すればいい。

檻を作ったら早速その中に入ってみよう。自分は生まれてから20年の歳月がたった20歳の自分だ。外見もほら、だれがどう見たって20歳相当の外見をしている。しかも、美しい。自分でいうのもあれだけど。さあ、明日が来るのが楽しみだ。

檻の外からこの人を見るとちょっとおかしなことになる。40歳なのに20歳だといっているし、見た目も20歳で美しいとは思えない。だが、この人は心の底から自信を持って、目を輝かせて生きている。

檻の外の人の思いなんて、檻の中の人にとってはどうでもいいことなのだ。どこかの惑星の宇宙人があなたの悪口をいったとして、あなたは気にするだろうか。実際は、檻の中の人にとって檻の外とは、宇宙の果てよりも遠い。

固定観念を壊し、新たな固定観念と生きる。

それじゃあいったいなにが変わったんだ!? よく周りを見てみるといい、あなたの世界は以前より魅力的になり、それを魅力的だと思うあなたの心もさらに光り輝いているはずだ。

 



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