雨が降ったときに、パラソルの中でするような話をひとつや2つ。それは喜劇か、悲劇か、またはビジネスか。

人は過去には戻れないから「いま」を残そう

 
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ハロー、みんな、浜田かんちろうです。

スマートフォンで動画を大量に見るようになって、通信制限に頭を悩ませているきょうこの頃です。(ソフトバンクの50ギガのプランに切り替えようかな)

さて、最近私は、自分の小さいころの記録をパソコンに取りこんで保存している。

小学校の運動会や中学の修学旅行のときの写真や映像を見返しながら、データをパソコンにコピーしている。

なにかトラブルがあって、データを消失してしまわないように、いくつかバックアップを取ることにした。

どうしてそんなことをするのか。それは、

「人は過去には戻れない」

ということを改めて感じたから。

5年前や10年前の自分を頭の中で想像することはできても、どんな表情をしていて、どんなことに喜びを感じていたのかなんて思いだせない。

しかしその当時を写真や映像で記録していたら、その記録を見るだけでぱっと鮮やかに思い出が蘇る!

楽しい思い出は何度見ても、楽しい。

例えそれが、日常の何気ないシーンを撮影した記録だとしても、自分にとってはどんな名作の映画よりも特別な作品になる。

データを保存しているときに、自分が8歳のころの映像を見つけた。それは30秒もないくらいの短い映像だった。家の中で友だちと大声で歌いあっている映像だ。

他人から見ればどうでもいいような映像だろう。

しかし私からすれば、その映像の中に写っている昔の自分の姿、声、もういまはないおもちゃ、友だちの顔、ちらっと横を横切る親の姿、テレビから聞こえる懐かしいコマーシャルの音、昔食べていたお菓子の袋。

なにもかもが「懐かしい」「面白い」と思えるのだ。

「過去には戻れない」だからこそ過去には価値がある。

楽しい思い出はもちろん、退屈な思い出も悲しい思い出も苦しい思い出も、何十年か時間がたてば、すべて「懐かしい」と思えるようになる。

だから自分の過去を忘れないために「いま」を記録していこう!

いまを残す

小学校や中学校、高校のときの思い出の写真や映像はあるけど、大人になるとイベントも少なくなるので記録するものがない。

だが特別な日の出来事を記録するだけではなく、何気ない日常の1コマを記録していくのもアリだ。

自分が仕事をしている風景、家族で晩ご飯を食べている映像、スーパーへ買い物をしている自分、風呂上がりにパンツ1枚でビールを飲む自分など。

案外、そういった「日常」が何年か後で見ると笑える映像になったりする。

インターネットへ自分の日常の写真をアップする手もあるが、将来自分だけが見る用として撮影した写真のほうが肩の力も抜けて、ありのままの素直な自分の表情が記録できる。

いまを楽しむ

何気ない日常を記録していけば「いま」を楽しむことができる。

「過去には戻れない」「過去には価値がある」

ということがわかれば、いま、この瞬間、1日1日の生活がかけがえのないものだと思えるようになる。

朝起きて顔がくしゃくしゃの自分も、夜帰ってきてソファに寝ころぶ自分も、そのひとつひとつの行動や考えに価値があり意味がある。

昔の自分は体も太っていて、嫌な過去だ。という人も、いつか「そうだ、あの頃の自分がいたから、いまの自分があるんだ」と思えるようになる。

昔、悔しい思いをしたから、嫌なことがあったから、がんばって努力して、いまの素晴らしい生活を送ることができるんだ。

そうなれば、どんな過去の自分もどこか「愛おしく」思えてくる。

どんなつまらない過去も、「楽しい過去」へ変わる。

シメ

毎日、自分の日常を写真や動画で撮る癖をつけておけば、ちょっとした出来事にも心がワクワクするようになる。

また、小さな変化に気付き、それを「素敵」と思える豊かな心を持てる。

自分を楽しめるようになれば、これほど面白いことはない。

自分はかつてない大作映画のカメラマンであり演出家であり、ヒーローでありヒロインでもある。

だれも見たことのない、素晴らしい映画人生にするために、さあ「いま」を記録していこう!

ってことできょうは終わります! またね!

 

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