#5 アミ
それはきれいに形が整えられた台座だった。台座の上には片手で持てるサイズの箱が置いてある。
ぼくは本能的に台座の前まで行き、箱を手に取ろうとした。そのとき、くらくらするめまいがぼくを襲った。
「あーあ、罠にかかったな」
「ほら、足元を見てみろ“落とし穴”だ」
壁を登ってきた二人の男たちがそう言った。
ぼくが足元を見ると、丸い白線の中に自分がいることに気付いた。
「でも、これが落とし穴なの?」
「それは人を落とすための落とし穴じゃなくて、人のものを落とす落とし穴さ、見てみな」
リュックの男がそう言いながら丸い線の中に入ると、ドサッとリュックの男が背負っていたリュックが地面に落ちた。
「おれの場合は」
今度はコートの男が丸い線の中に入った。すると、着ていたコートが体から落ちていった。
「ほらな」
ぼくは自分の体を見ながら、首をひねった。
「ぼくは何も落としてないみたいだよ」
「そんなことはないさ、ほら」
リュックの男が指差した先に目をやると、木と木の間に黒い人影があった。その人影はぼくと同じくらいの身長で、体つきも似ていた。
「マッティが落とし穴で落としたのは自分の“影”さ」
「自分の影だって!?」
ぼくは目を丸くさせて自分の足元を見たが、月明かりに照らされてあるはずのぼくの影はどこにもなかった。
もう一度前を向くと、ぼくの人影は姿を消していた。
「困ったな……でもいいか、影くらいなくても」
「そうだな、日が昇るまでは影なんかなくてもいいな」
「それってどういう意味?」
「影をなくした人間が日の光に当たると消滅するのさ」
「消滅……」
ぼくは目の前が真っ暗になった。
「消滅ってつまり」
「この世からいなくなって、もう戻ってこれなくなるのさ」
「これなくなるのさ」
二人の男はまるで歌でも歌うようにそう言った。
「この世からいなくなるなんて……そんなのあんまりだよ」
「心配するな、落としたならまた拾えばいい」
リュックの男はリュックの中からリコーダーくらいの長さの棒を取りだした。
「これは“影アミ”影を捕まえるためのものだ、ほらよ」
ぼくは影アミを受け取った。
「ただの棒みたいだけど……アミもないし」
「ボタンを押してみな」
言われるがままにボタンを押してみると、棒はにょきにょきと成長していき先っちょにアミが現れた。おもしろい棒だ。夏休みの自由研究にだせばみんなから注目を受けるかもしれない。
「さてと、これがムサヤ族のお宝か」
リュックの男は台座の上にあった箱を手に取った。カギはかかっていないようで箱は簡単に開けられたが、中身を見たリュックの男は肩をがっくりと落とした。
「おいおい、まじか、こんなのがお宝かよ」
「やれやれ、だな」
リュックの男は箱をリュックの中に強く押し込んだ。
「さあ、帰るか、腹も減ったしな」
「そうだな」
「ちょっと待ってよ、ぼくの影はどうなるの?」
「そうか、影を捕まえなくちゃならないな……マッティ、きょうは疲れたから、今度にしない?」
「今度って、朝が来るまでに影を取り戻さないとぼくは消えちゃうんでしょ?」
「冗談、冗談、そう熱くなるなって」
「おーい、この下を見てみろよ」
コートの男がそう言ってぼくとリュックの男を手招きした。近づいて崖の下をのぞいてみると、ムサヤ族がお祈りをしているのが見えた。
「マッティ、ムサヤ族の一番うしろにいる黒いの、あれ影じゃないか?」