#9 レモンディスカッション
不思議とケミカル
不思議とケミカルの戦いに重んじて、ルクセンブルク国王は何万回でもロールする紙ナプキンをプレゼントした。
都に住む人たちは独自のアンテナを張って情報を集め、不思議とケミカルという人物についてのよくわからない像を明らかにしようとしていた。
「不思議とケミカル? ここら辺じゃあ聞かない名だな」
「たぶん男だろうが、女の可能性もあるぜ」
「身分を隠すのはどうしてだろう? なにか裏がありそうだ」
「そんなものあるか、ただの国王の家来のひとりさ。話題作りの一環だよ」
民衆の期待に応えようと立ち上がったのは、「民衆の森」探偵事務所に所属する若き探偵、アッチコッチ・ソットミルだった。
ソットミルには野望があり、探偵としての実績を積んでいけば必ず白い詐欺師に転職できると計画していた。
探偵の森のうっそうとした所長室で、ソットミルは所長と向かいあい、任務の最終確認をしていた。
所長は森の中にいる熊のように大きい咳をひとつした。「うむ、不思議とケミカルか、正体、情報、なんとも捉えどころのない任務だな」
「私に任せてください、全国の土管の中を調べ倒して、お菓子の食べ残しをすべて集める覚悟です」
ソットミルの放つ異様なピクニック気分は所長を森の園長さんに仕立てた。
「やってみろ」所長の重い声が、葉っぱを1枚1枚震わせた。
これはなにかの暗号、信号、シグナルチェンジ。桃のなる木に柿はいらない。猿は山のすべてを食べつくし、なおもウサギの耳をかじろうとしている。
レモンディスカッション
楽天家のママがいうには、工場内でなにか問題があったときは作業員全員でのレモンディスカッションがはじまるらしい。
そのときレールは一時停止して、大人の爆弾を運ぶのをやめる。作業員は専用の広間で輪になって椅子に座り、首を右に回したり左に回したりして口をぱくぱく動かすのだ。
そうこうしていると、太った工場長が現れる。工場長は何十枚の白い紙を床にばらまいた。アクシデントというよりも、わざと床にばらまいたようにぼくには見えた。大人というのは本当に面倒くさい生き物だ。
みんなが床に落ちた紙に気をとられている隙に工場長は股下からレモンを取りだした。ぼくは思わず唸った。うまい。なるほど、床にみんなの意識を向けさせておいて、自分は股下からレモンを持ってくるのか、やられた。
作業員は白い手袋をたたいて拍手とした。ミリ単位の狂いもなく事が進んでいることに工場長は感無量のようだった。
そう、こうなればあとは工場長の独壇場だった。
流れるように鼻筋をレモンでこすって、両手を優雅に舞わせて、大人の爆弾が、この工場が、あなたたちが、自分が、どれだけ犬のエサにしてしまいたいほどかわいいものかを説いた。
難しい用語はあったけど、それは帰って辞書を開けばいい話で、子どものぼくの心にも、その大切なことがなんなのかということが糸くずレベルでわかった気がした。
でもぼくは、胃液が鼻から口へ入る気分を覚えた。作業員は向かいの作業員ととつぜん手押し相撲をはじめて、工場長は苦笑しながらレモンにかじりついて、後ろに倒れた。
アナウンスが工場内に響き渡る。
「えー、この工場は私たち『サブスタンスの群れ』が包囲しました。受付にお越しの前田さんはそのままレジでお待ちください。係員が優れたマシンガンを持って駆けつけます。あと3秒」
工場内の照明が一気に落とされ、どこかから悲鳴が聞こえた。
がんばれやの里
「おれもいつかはけじめをつけなきゃあいけないと思ってる」
頭だけになったがいこつは、自慢の右穴からセロハンテープをはみださせてそういった。ナッツにはふざけているとしか思えなかった。
魔女の家の地下を進んで何日がたったか。ナッツは死んでもまだ目標があるがいこつたちに囲まれていた。
「なあ、早く、ここからでる方法を教えてくれよ、おれはマカダミアンとケットのところに戻らなくちゃいけないんだ」
「へろへろ、頭の悪い奴だな、がいこつに借りでも作っておけば世の中天国みたいなもんなのにな」
あるがいこつがいった一言に、周りのがいこつも頷いた。
「そうだそうだ、早まっちゃいけない、坊やにはまだまだ時間があるんだから」
「フライパンでなにか作ってあげようか? 骨ばっかりじゃあ退屈でしょうから、骨の炒め煮とかどうかしら?」
「おれの骨壺でも見るかい? 大したもんじゃあないが、暇つぶしにはなるだろうよ」
ナッツはカタカタとうるさいがいこつたちにうんざりして、その場に寝転んだ。ここで骨だけになるのも悪くはないかも、もちろん冗談だけど、笑えないよな。
生命体を維持したがいこつは空気を読み、医療センターに通う。酒は控えるが、たばこは吸う。肝試しもする。知らないのは自分の寿命と蜜の味。