【ホラー映画】ピエロという名の”トラウマ”–「IT」

たまにホラー映画を見たくなる。
悪魔のいけにえとか、13日の金曜日とか、ハロウィンとか。
刃物を持った殺人鬼が若い男女を追い回して、殺りくを繰り返す映画。血がぶわっとでて、手足が切断されて、登場人物が恐ろしい形相で逃げ惑う映画。
日常では感じることのできない、手に汗握る興奮を手軽に疑似体験できるのがホラー映画のいいところ。
そして、最近、ホラー映画をひとつ探していたら「IT」という映画に出会った。
あらすじをさらっと読む。ふむ、ピエロがでてくるのか。おおよそピエロが殺人鬼になって町の子どもや大人を殺しまくるのだろう。面白そうだ。
早速、家で鑑賞する……。
鑑賞後……。
こ、これは……ホラー映画なのか!?
私は不思議な高揚感と、名作に出会えてよかった! という幸福に包まれていた。
スティーヴン・キング原作!
見終わってから気づいたが、「IT」の原作はスティーヴン・キングらしい。
あの、スティーヴン・キング!
「キャリー」や「スタンド・バイ・ミー」「ショーシャンクの空に」でおなじみの、あの、スティーヴン・キング!
思えば「スタンド・バイ・ミー」に登場する少年たちや、田舎の雰囲気が「IT」にどことなく似ている。
1986年に原作「IT」が発表されて、4年後の1990年に映画版「IT」が公開された。
ちなみに、2017年には「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」というタイトルでリメイクされている。
ストーリー
デリーという町で、子どもだけを狙った連続殺人事件が発生します。
「IT(あいつ)が戻ってきた」
マイクは、30年前の同級生たち6人に電話をかけ、そういいます。
「約束を覚えているか? IT(あいつ)が現れたらまたみんなで戦おうと」
7人、それぞれが30年前の出来事を思いだします。ITとの戦い、幼少期のトラウマ。
ストーリーは、7人ひとりひとりの現在と過去の思い出を交互に展開していきながら進んでいきます。
上映時間は187分! 約3時間のボリュームです。
物語を2つにわけると、前半が子ども編、後半が大人編です。
ピエロという名のトラウマ
IT(あいつ)は、ピエロの姿をして、子どもたちの前に現れます。家の中だろうと、排水溝の中だろうと関係なく、ぱっと現れ、恐怖を与え、さっと消えていきます。
ITは自由に姿を変えることができます。
ITが変身するのは、相手の怖いもの。
ネズミが嫌いな人にはネズミの姿で迫り、吸血鬼が嫌いな人には吸血鬼の姿で襲いかかります。
つまり、カラフルな衣装に身を包んだピエロの姿も、ITにとっては仮の姿。
トラウマがない人はいない。
ITは対象の「恐怖」そのものになり、相手の最も弱い部分を集中的に攻撃してきます。
だから、ある意味、チェーンソーを持った殺人鬼より恐ろしい。
チェーンソーを持った殺人鬼は、あくまで人間。銃を撃てば後ろに倒れるし、休まなければ疲れもでてくる。
しかし、ITは自分の心の中にある闇そのもの。
目をつむっても、場所を変えても、いつまでも追ってきます。
退治するには、自分の心の闇と向きあわなくてはなりません。だが、向きあえないからこそ闇であり、トラウマと呼ばれる。
【プチコメント】
☆ 道化恐怖症(ピエロを怖いと思う病的心理)を発症する人の気持ちもわかる。愉快に踊り、笑うピエロは、どこか不自然でいったいなにを考えているのかわからない不気味さがある。この映画にでてくるピエロを見て、道化恐怖症になる人も多いのではないだろうか。
☆ 7人ぜんいんの人物像、幼少期、そして大人になったときの描き方がとても丁寧で奥深い。単なる家出少年やいじめという子どもにありがちな問題をとってひっつけたような軽い設定ではないということ。こういう子どもだったから、こういう大人になった、と、とても納得できるものがある。
☆ ファンタジーなところが多いから、頭のおかしい男がピエロに変装して、次々に子どもを殺していく「ザ・ホラー映画」を想像していた人はなにこれ!? まじ!? と思うかも。
名シーン
〇おもちゃの船を追う子ども
黄色い雨合羽を着た子ども(ジョージー)がおもちゃの船を追うシーン。
道路を流れる雨水の上を船が進み、それを子どもが「いけ、ジョージー号、ポッポー」とかいいながら追いかけていきます。
常に横に動き続ける画面に、バックで不安げな音楽が流れる。見ていると「この子、なにか事件に巻きこまれるのでは?」というハラハラした気分にさせます。
まだなにも起こっていないのに、怖い。
そんなシーンです。
〇リッチーとピエロ 図書館にて
7人の登場人物のひとり、リッチーが図書館でピエロにからかわれるシーン。
「風船ほしいかい?」
ピエロはリッチーに大量の風船をプレゼントします。
風船は次々に破裂し、中から血のような液体が飛び散ります。しかし、ピエロの姿も、風船の存在もリッチー以外の人間には認知することはできない。
図書館の中で、ピエロのいたずらを認識しているのはリッチーただひとり。隣に座っていた老人さえもピエロの存在には気づかないので、リッチーはますます混乱します。
あまりの異様さにパニックを起こして、受付の女性に慌てて話しかけるリッチー。それをからかうピエロ。
このときのピエロが、映画の中で1番ふざけています。
ガラガラ鳴る楽器のようなものを回して、リッチーと受付の女性との会話を邪魔しようとします。
さらにパニックになるリッチーと愉快にふざけつづけるピエロ。
怖いんだか、面白いんだか、わからない。
そんな、おかしなシーンです。
コラム
〇映画のピエロのモデルは実在した連続殺人鬼!?
ジョン・ウェイン・ゲイシー (1942~1994)は、アメリカで33人の少年たちを殺害した殺人鬼。ピエロの衣装でよくパーティーに参加していたので、キラークラウン(殺人ピエロ)とも呼ばれる。
〇リメイク版の興行収入は歴代ホラー映画№1!!
2017年にリメイク版「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」が公開された。この興行収入は3億2,748万ドルで、いままでのホラー映画で最も大ヒットした作品となった。ちなみ、それまでの1位は「シックス・センス」の2億9,350万ドル。
シメ
この映画では、子どものときにITを完全に倒すことができないまま、戦いは大人編へ持ち越される。
ITの恐怖に怯えていた子どもたちも、30年たてば、大人になり仕事をしていく中でトラウマや恐怖といったものはすっかり忘れてしまう。
しかし、もう一度ITと向きあったときに、やはり心の奥のトラウマが蘇ります。
大人になっても、弱いところは変わらない。
30年たとうが、50年たとうが、変わらない。子ども時代の深い傷は消えることなく、いつまでも自分の奥で残っている。
その闇の部分を表したのが、IT。
この映画を見終わって、ふと考えることがある。
私にとってのITはなんだろう?
私の目の前にあのピエロが現れたら、ピエロはいったいなにに変身するのだろう……。
〈終わり〉