#4 カミサマ
鼻くそを指でぽんとはじいたときに、二人はコソコソするのをやめ、リュックの男はぼくにこう言った。
「マッティ、この岩の向こうをのぞいてみるんだ。急に顔をだしたらだめだよ、そーっと、そーっとね」
ぼくは岩に張り付いて、そーっと、そーっと顔をだしてのぞいてみた。
広くて平らな地面があり、その上に十人くらいの人が座っていた。このちっちゃい人たちがムサヤ族だろうか。まだちっちゃいぼくがちっちゃいというのだから大人が見ればかなりちっちゃいだろう。
ムサヤ族は腰に草のようなものを付けていて、それ以外は何も身に着けていない。
「あいつらはいま、お祈りの真っ最中さ」
リュックの男がぼくにそっと耳打ちした。
ムサヤ族は正座して、上体を何度も上げたり下げたりしている。みんなが同じ方向を向いていて、そこには四角い箱が置いてあった。目に力を入れると、箱の中で何かが動いているのが見えた。
「あの箱の中には、ムサヤ族の“カミサマ”がいるんだ」
「カミサマ……」
「そう、でもおれたちはそのカミサマを生で食べたり、焼いたりするけどな」
「おれなんかこの前三十皿は食べたな、おいしかったー」
「食べたくなってきたな、おれも」
「きょうのアドベンチャー帰りにでもいくか!」
「そうだな、そうしよう!」
二人の男たちはそう言いながら岩陰から離れ、苔の生えた壁の前で止まった。リュックの男が壁を手で触る。
「こいつを登らないとな」
壁は男たちの身長の倍はあったので登ろうなんて普通は思わない。男たちがスーパーマリオのマリオみたいに高くジャンプできるのなら話は別だけど。
そんなことを考えていたから、リュックの男がぼくを呼んだときは、ぼくをジャンプ台にするのではないかと少し慌てた。
しかし、リュックの男はぼくにロープを手わたして言った。
「マッティの体は小さいからね、壁にあるツタをつかんで上まで登って行ってくれ、上についたら“マッティ!”って一言叫んでから、このロープをどこかにしばり付けて、片方をおれたちにわたしてくれ」
ぼくは何も言わないでわずかにうなずき、壁につるされているツタの中で一番太いものをつかんだ。両手でグイグイ引っ張っても切れる様子はなかったので、ぼくは壁に足を押し付けて姿勢を低くしながら進んでいった。
壁は直角ではなくてビミョーに傾いていた。だけどビミョーなだけに、ぼくの手はビミョーに汗ばんできて、ビミョーに力が入らなくなってくる。ぼくは歯を食いしばり、休まないようにツタの先へ先へと進みつづけた。
いまのぼくの姿をママが見たら、心配のあまり泣き叫ぶかもしれないし、妹が見たら怖がってやっぱり泣き叫ぶかもしれない。
ぼくだってちょっと泣き叫びたかったけど、それをグッとこらえて手がツタから離れないように五本の指に力を込めた。
指の感覚がビミョーになくなり、自分が何もつかんでいないように思えてしまう。これはビミョーではなく、かなり、やばいぞ。
ぼくは顔を上にあげた。
そこで、本当に自分が何もつかんでいないことに気が付いた。いつの間にか一番上まで登ってきていたようだ。“マッティ”と、口ではなく心の中でつぶやく。
うしろを振り返ると、自分が登ってきた壁の先に二人の男たちが準備体操しているのが見えた。
ぼくは肩に下げていたロープの片方を持って、近くの木に結び付け、もう片方を壁の下へ落した。
「さすがだなマッティ。いまから登るからあたりをきょろきょろしながら待っていてくれ」
下からそんなリュックの男の声が聞こえてくる。
ぼくは言われたとおりにあたりをきょろきょろすることにした。見えるのは木と壁や草ばかりだろうと思っていたけど、その中に興味を引くものがあった。