#3 洞くつ
二人の男は洞くつの入り口で準備体操をしている。
「この洞くつには“ムサヤ族”というものたちが住んでいる。今回のアドベンチャーはそのムサヤ族のお宝をゲットするのが目的だ」
リュックの男はぼくにそう説明した。
もちろんこの洞くつにはムサヤ族なんて変なものはいない。ぼくも何度か入ったことがあるけど普通の洞くつだ。
でも考えてみると、こんな時間に気球っぽいものに乗ってきたことはないし、ぶかぶかの長ぐつをはいてきたことも、顔の周りにマッティの香りをつけてきたこともなかった。ということは、洞くつの中にムサヤ族がいてもおかしくはないような気がする。
そいつらはどういう体や顔をしているのだろう。二人の男に聞いてみようとしたが、その前にリュックの男がヒュッと口笛を鳴らして奥へと進んでいった。コートの男がうしろを向いて手招きするのでぼくも洞くつに入っていった。
この洞くつには小さな川が流れている。長ぐつをはいているのでぬれなかったけど、普通のくつをはいていても中にちょっと水がしみるくらいの深さしかない。注意しなければならないのはごろごろした石だった。暗くて足元が見えにくいうえに、水にぬれているから滑りやすくなっている。
だが前を行く二人の男はそんなこと関係ないというように、どんどん
先へと進んでいく。ぼくも急いでみようかなと思ったが、転んで前歯でも折ったりしたら嫌だからやめた。前歯なしで生きていくのは、でっ歯で生きていくことよりも恐ろしいからだ。
ゆっくり、慎重に、確実に進んでいくことしよう。ぼくは視線を下にして意識を集中させ、両手を広げて体のバランスをとった。水の中を行くのは避けて、水にぬれていない石の上を、それもできるだけ表面が平らな石を選ぶ。いい石が前になければ、ちょっと戻って違うルートを探していく。ぼくはパズルを解くことや、迷路をクリアすることが得意だった。
そして、集中することも得意だった。ぼくが集中すると聞きたい音がよく聞こえるようになり、見たいものがはっきり見えるようになる。いまのぼくはいつもよりもずっと集中できている。なぜなら足元が明るくなって、水がキラキラしているからだ。
でもちょっと明るすぎやしないかな。ぼくがそう思っていると、水の中に丸くてでっかい光を見つけた。
ぼくは足を止めて、首を上にあげた。そこには月があった。そうだ思いだした。この洞くつは最初のほうは岩におおわれているけど、ほとんどは天井がぽっかり空いているのだ。いつもなら青い空が見えるけど、きょうは黄色い塊がこちらを見下ろしている。
周りを見わたすと、水や、苔の生えた壁が光を反射させていた。ぼくは、知らない時代の知らない洞くつにきているような気持ちになった。
視線を走らせていると、二人の男が岩の陰でなにやらコソコソしているのを発見した。ぼくはゆっくり近づいて行った。
「何してるの?」
「コソコソしていたのさ」
「そうだコソコソしていたんだ」
「そろそろやめようと思っていたが、もうちょっとつづけようか」
「そうだな、もうちょっとコソコソしよう」
二人はそう言って、またコソコソしはじめた。
その間ぼくは、指をぱきぱきっと鳴らしたり、石をけったり、あくびをしたり、鼻くそをほじったりした。