#1 真夜中
ある日の真夜中。ぼくは目が覚めてベッドから起きた。いつもはぐーぐー寝ている時間なのに、なぜか頭はスッキリしていて体が軽い。遅くまでテレビゲームをしていたのが原因かな。
テレビの前にはスーパーファミコンが置いてあり、そばにコーラとポテトチップスの袋があった。ママに見られるときっとしかられるだろうから、いまのうちに片づけておこう。ポテトチップスの袋をくしゃくしゃにしてゴミ箱に入れ、コーラはまだ半分残っていたので机の上に持っていった。
机の上には「寝ててもできる! 小学三年算数ドリル」が開いたままになっている。この休みの間にやっておかないとだめなんだけど、まだ二ページしか終わってない。特にすることもないからいまやってもいいのだけど……。
ぼくがドリルに挟まっているえんぴつを取ろうとしたら、ふわりとページがめくられた。横を向いてみると、窓が半開きになってカーテンがゆれている。閉め忘れたのかな。
ぼくの家は町の高台にあって、この窓からは住んでいる町がいっぺんに見わたせる。通っている学校の前には電車の線路がつづいていて、その先は海が広がっている。
そして海の上には、ぼくがこれまでの人生で見たことのないくらい大きい月があった。こういうのを“満月”っていうのかな。たしかにいつもより太っていて丸々しているけど、あくまで月並みなサイズだ。
そんなことよりもぼくが気になったのが、月の表面にある黒い粒だ。目を細めるとゆらゆら動いているように見える。だけど、ぼくがまぶたを閉じたり開いたりを繰り返しているうちに、黒い粒はどんどん大きくなって形を変えていった。
こういうのなんていうのかな。“気球”かな。月の明かりだけじゃあよくわからない。とにかく、その気球っぽいものには二つの人影が乗っていた。二人のうち一人がこちらに向かって手を振ってくるので、ぼくも振り返す。名前も顔もわからない人に手を振ることはいままで一度もなかった。たぶんこれからもないだろう。
ぼくが手を下げても、その人は振りつづけている。気球っぽいものがふわふわと近づいてきて、ぼくの目の前で止まったときに、ようやく手を振るのをやめた。
そして、こう言った。
「やあ」
顔はぼやけててよくわからなかったけど、その人の体はぼくよりも一回り大きくて、リュックを背負っていた。もう一人のほうはさらに背が高くて長めのコートを着ている。
「さあ乗って」
リュックの男は早口にそう言った。
ぼくは特に考えることなく、窓から気球っぽいものに飛び乗った。普段の自分はこんな勇気のある行動はしないから、きっとこれは夢なのだろう。